麻しん(はしか)と風しんの予防には、2回のMRワクチン接種が重要です。麻しんウイルスは、空気感染で非常に広がりやすいウイルスです。風しんウイルスは、厄介な不顕性感染を起こします。共に、流行が起こっている海外からの持ち込み、もしくは持ち帰りで、近年では数年ごとに国内で感染が広がっています。
この2つの感染症は、ウイルス学的な性質が異なっていますので、分類学上は異なったウイルスに分類されています。しかし、感染症を引き起こす際の性状はよく似ています。実際、この二つの感染症の感染予防ワクチンは混合されて1つのワクチン(麻しんはMeasles、風しんはRubellaですので、MRワクチンと呼ばれています)として1歳児に1回目を、5歳以上7歳未満の間に2回目を接種すれば、終生有効な免疫抗体を獲得することが可能となっています。
麻しんは空気感染することから、新型コロナ以上に、最も感染伝播しやすいウイルスです。免疫機能がまだ未発達な小児や免疫力が下がっている高齢者などは麻しんに対する免疫が不十分な状態ですので、この状態で感染しますと、はっきりしない症状しか現れない、いわゆる修飾麻疹という感染状態になり、自分は感染しているという自覚がない状態で、周囲にいる人にうつしてしまっている可能性があるという、厄介な存在になります。
もう一方の風しんも、周囲の人にうつしやすいウイルスですが、厄介なのは不顕性感染がある点です。すなわち、この場合も、自身は症状がないので感染している自覚がないため、周囲の人にはうつしやすい状況になります。
この二つのウイルスは、妊娠初期の妊婦が感染すると、胎盤を介して胎児にも伝播し、死産、流産を招くなど、また風しんウイルスに母子感染(胎盤感染)した胎児は心臓や目、耳に先天性の異常が起こる可能性があるといわれています。
麻しんウイルスも風しんウイルスも、抗ウイルス薬剤の開発は行われておらず、2回のワクチン接種を徹底することが唯一の感染予防対策になっています。
日本の特殊な事情として、成人のある世代の中には1回のみ、もしくは全くワクチン接種を実施していない方々が多く存在していることが分かっています。実際、入国者によって麻しんウイルスや風しんウイルスが持ち込まれた際には、この人たちを中心に感染拡大が数年ごとに起こっています。
そこで、厚労省としてはその対策として、特に妊婦にとっての対策が急がれる風しんに対して、このウイルスに対する免疫が獲得されているかどうかを確認するための抗体検査を、1962年4月2日~1979年4月1日生まれの男性の、15,374,162人に無料で実施できるというクーポンを送りました。2019年度から3年間の予定で始めましたが、思ったほど検査実施数が上がらず、さらに3年間の延長を実施しています。2024年度は最終年度(2025年3月末まで)になります。
この検査がどの程度進んだのか大変興味を持っていたところですが、2024年4月号の国立感染症研究所から論文(IASR Vol. 45, p54-56, 2024)が報告されました(風しん含有ワクチンの第1期・第2期・第5期定期予防接種の実施状況)。すなわち、
「対象者数は2019年度開始時点で15,374,162 人であった。うち2023年11月までに抗体検査を受けた人が4,714,360人(対象人口の30.7%)、予防接種を受けた人が1,019,485人であった。」すなわち、1,019,485÷15,374,162×100=6.6となるので、対象人口の6.6%、また1,019,485÷4,714,360×100=21.6になるので、検査を受けた人の21.6%が予防接種を受けたことになります。ただ、抗体検査を受けた人のうちで抗体陰性と判定された人数に対して何%の人がワクチン接種を受けられたのか、については不明です(抗体陰性と判定された人数の記載がないので)。
以上の結果から、6年間の最終年に入り、残り10か月ほどになっていますが、まだ1,000万人以上の方々が風しんに対する抗体を獲得しているかどうか分からない状態が継続する可能性が高くなってきています。
海外では、今でも普通に風しんが流行している国が存在しているので、わが国に持ち込まれる可能性が大きいと考えられます。また、いつものように抗体陰性の成人男性を中心に感染伝播が起こってしまうのでしょうか。
そもそもこのクーポンを配布されている対象者の方々が責任を負うようなものではないと思います。むしろ、この人たちは被害者といえます。「無料で検査・検査の結果で抗体陰性の場合には予防接種が受けられるクーポンです」と言われても、会社を休んで検査を受けに行き、また抗体陰性という結果でワクチン接種に行くという、働き盛りの人にとってはこれはとても大変なことだろうと思います。周知徹底とともに、何かひと工夫が必要なのではないしょうか。