ウイルスは自分で子孫ウイルスを作るための装置を持っていない。したがって、子孫ウイルスを作ってくれる宿主細胞(人間や動物など)を探す必要がある。ただ、されるがままに(例えば感染した人のくしゃみとか、外に飛び散った飛沫が浮遊しているときの風など、また食べ物につくなど)、自由に動いているだけである。その結果、別の人がそれを吸い込むとか、食べるなどで、からだに入っていく。そこで、ウイルスは自分の子孫を増やしてくれる細胞に巡り合えた場合に子孫繁栄という結果になる。子孫繫栄のためには、ウイルスと細胞との相性が合うことがとても重要である。
からだに入ったウイルスは、たまたまそこにいた細胞に、でたらめに、滅多やたらに感染するわけではない。それぞれのウイルスが感染を成立するためには、ウイルスの表面と、細胞の表面との間で、凸凹の関係で結合する必要がある。この凸凹の密着が必要であり、ただくっつく程度では感染は成立しない。この細胞側の表面に存在し、ウイルスに結合するもの(糖がついたたんぱく質や多糖などの分子の場合が多い)がウイルスレセプター(ウイルスの受容体)と呼ばれる。
このように、ウイルスには、そのウイルス固有のレセプターが存在し、インフルエンザウイルスやコロナウイルスなど、呼吸系の感染症を起こすウイルスは、呼吸器系ののどや肺にそのレセプターを発現している細胞が存在する。血液の病気を起こすウイルス、たとえばHIVは、血液の細胞表面にそのレセプターであるCD4を発現している免疫細胞に感染する。このように、ウイルス表面とその受容体を発現している場所によって、どのような病気を起こすのかが決まってくる。
新型コロナウイルス(SARS–CoV-2)は、2002~2003年に流行したコロナウイルス(SARS–CoV)と同様、人間に感染する際に、人間の細胞表面に発現しているACE2(アンジオテンシン変換酵素 (ACE)と類似のものとして、2番目に見つかったのでこの名前)を受容体として利用している。すなわち、ウイルス表面のスパイク(S)たんぱく質が細胞表面のACE2と結合し、感染を成立させることになる。最初は、呼吸とともに吸い込まれた、ウイルスを含む飛沫が呼吸器系ののどや肺の粘膜上に付着し、そこに分布している細胞表面のACE2に結合し、最初のステップが完了し、その後に次のステップであるウイルスの遺伝情報(ウイルスの中心部に収めているゲノムと呼ばれる核酸)を細胞の中に押し込む。このため、ウイルスの脂肪膜と細胞の脂肪膜が接近し、一体化する(融合)。実は、Sタンパク質は上半分(S1)と下半分(S2)に分かれ、S1部分がACE2との結合に関与し、次の融合(ウイルス侵入)にはS2部分が関与している。お互いの膜同士が融合し、一体化した後はその膜上に穴が開き、その穴を通してウイルスのゲノムが押し込まれる。
このように、ウイルスゲノムが押し込まれた細胞は、細胞が持っている装置を使ってせっせと(場合によっては、自分のことはほったらかしにして)ウイルスのたんぱく質を作らされ、これまた場合によっては最後は細胞の命がなくなる場合や、ウイルスのゲノムを抱え込んで、命を終えるまで働かされることになる。
もちろん、ウイルスは考えるような頭脳は持ち合わせておらず、ただ、なるがまま、なされるがままに動いているだけなのに、それぞれのウイルスは、的確に誰であろうと同じ病気を引き起こす。これのほとんどの要因は人間など、宿主側で規定されているものなのである。